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1000年先の未来からやってきた日本人と夫婦別姓について対談した(前編)

山田:こんにちは。山田レオナルドと申します。みーこさんは、僕らの時代の1000年後の未来の日本に住んでいるんですよね。

みーこ:今日はよろしくお願いします。ちょうど私たちの時代は西暦3016年だから、そういうことになりますね。ところで、失礼ですが何とお呼びすればよろしいでしょうか。

山田:「山田さん」とでも呼んでください。
ところで、僕らの時代では、今、夫婦別姓が議論されているんですよ。最近では、夫婦同姓を定める法律を合憲とする最高裁判決も出ました。今日は、夫婦別姓についてお話しできればと。

みーこ:そうなんですか。でもその前に、「姓」がどういうものなのか説明いただいてもよろしいですか? 私たちの時代には「姓」というものが無いので・・・。

山田:えっ、そうなんですか? みーこさんの時代の話は追々聞くとして、まずは「姓」について説明しますね。
・・・と言っても、実は僕もよく理解していないです(苦笑)。でも多分、自分がどういう血筋、家族に属するのかを示すためのものだと思います。小さいころ、よく母親から「お前は、山田家の人間の恥だ!」なんていって叱られたことを覚えています。

みーこ:なるほど。

山田:でも、僕としては、自分を特定するための名前、くらいの意識しかないですね。大体みんなそうだと思います。学校や会社ではみんな僕のことを「山田くん」とか「山田さん」と呼びますけど、呼んでる方も呼ばれてる方も、単に僕個人を呼んでいるだけで、僕の背後にある「山田一族」を意識なんかしてませんからね。

みーこ:そうだとすれば、なんで「レオナルド君」とか「レオナルドさん」とか「名」で呼ばないんですか? 個人の特定という意味では、そっちの方が良いと思うんですけど。

山田:アメリカとか外国だと「名」で呼んでますね。僕も一時期アメリカに留学してましたが、「レオナルド」と呼ばれてました。でも、日本だと「姓」で呼んでます。これは僕もよくわかりませんが、歴史的なものなのでしょう。

みーこ:「姓」はもともと血筋や家族を示すものなんですよね? それで呼び合うってことは、山田さんの時代の日本は、血筋や家族をずいぶんと重んじているんですね。

山田:僕自身はそういう意識はないですし、世間的にもそういう意識は薄まっていると思いますよ。だからこそ、結婚時に自分の「姓≒名前」を変えたくない、という人が増えてきたんだと思います。

みーこ:それが夫婦別姓の議論ですね。でも、私の感覚からするとちょっと違和感を感じるなぁ。

山田:というと?

みーこ:私は家族の最小単位って、父・母・子のまとまりだと思うんですよ。でも、夫婦別姓にすると、父・母・子の姓がバラバラになるじゃないですか。ところが、「姓」というのは、もともと血筋や家族を示すためのものなわけで。
ん~、自分でもよく分からなくなってきました。

山田:なんとなく分かります。「姓」制度を採用している以上、父・母・子、つまり家族で同じ「姓」を使うことは、仕方ないじゃないか、だって「姓」はもともと家族を示すためのものなんだから、ってことですかね。

みーこ:まぁ、そんな感じです。でも、名前を変えたくないと思うのはすごく分かります。私もそう思いますもん。

山田:では、どうすればいいんでしょうか。

みーこ:私だったら、「姓」制度そのものの廃止を訴えます。個人を特定するだけなら「名」だけで十分ですし。
まぁ、夫婦別姓にしてもいいんですけど、だったらそもそも「姓」なんていらないだろ、と思うわけです。そっちの方がすっきりしませんか? 私たちの時代の仕組みの方が分かりやすいと思いますよ。

山田:うーん、「姓」そのものを無くすのかぁ。それはそれで大きな反発があるだろうなぁ・・・。それでは、対談の後半では、みーこさんの時代について伺うことにしましょう。